ランニング クツ ナイキ VS NB

2018年の「東京マラソン」で設楽悠太が2時間6分11秒の日本新記録を出した。設楽が履いていたナイキの“厚底シューズ”は、いま世界のマラソン界を席巻している。だが“薄底シューズ”で金メダリストを生んできた職人は「厚底には反対」という。2020年の東京五輪を制するのは、厚底と薄底のどちらか――。

 

ランニングシューズでナイキに真っ向勝負を挑むNB

 

ランナー人口は、2012年をピークに減りつつあるといわれるが、国内におけるシューズやウエアなどの「ランニング市場」は右肩上がりを続けている。タイムを常に向上させようとするコアな市民ランナーの層が、年々厚くなっているからだ。そのなかで要注目のブランドがある。国内外でタウンスニーカーとして性別を問わず人気を集めてきた「ニューバランス(NB)」だ。

NBのランニングシューズは「スポーツアイテム」というよりも、「オシャレアイテム」というイメージが強かった。それが大きく変わろうとしている。

今年の正月の箱根駅伝では23人ものランナーがNBのシューズを使用していた。前年はたった4人だった。NBは箱根駅伝出場大学のうち2校(拓殖大と上武大)とユニフォーム契約をしていることもあり、両校のなかには好んで履いている選手はいた。しかし、今年は他のメーカーとユニフォーム契約している大学の選手が、シューズをNBに“鞍替え”したかたちだ。

 

▼なぜ、有力選手がニューバランスに鞍替えするのか?

 

それはなぜか。

今年1月、シューズ職人の三村仁司さん(69歳)がNBと契約したからだ。三村さんは高橋尚子野口みずきら五輪マラソンの金メダリストのシューズを手がけ、「現代の名工」(厚生労働省が表彰する卓越した技能者)や「黄綬褒章」を受賞している。池井戸潤原作のテレビドラマ「陸王」に登場したカリスマシューフィッターのモデルとも言われている。そんな三村さんがNBと契約したため、多くの選手がNBを履くようになったのだ。

正確にいうと、NBは三村さんが代表を務める会社「M.Lab(ミムラボ)」と5年間(オプションで+3年)のグローバル・パートナー契約を締結した。三村さんは長年勤めていたアシックスを定年退職後、アディダスの専属アドバイザーを経て、充電期間の間に4社ほどからオファーがあったという。そのなかでNBを新たなパートナーに選び、今後はトップアスリートに別注シューズを提供するとともに、新商品の開発にも携わることになる。

近年、NBは国内ランニング事業での売り上げを伸ばしており、同社によれば過去4年間の平均成長率は19.6%。2020年には国内シェアで「20%」(現在は約15%前後)という目標を定めるなど、今後はランニングで「ナンバー1になっていく」と息巻いている。そのため、弱点であったコア層のランナーへのアプローチが課題になっていた。そこに登場したのが伝説のシューズ職人、三村さんというわけだ。

 

金メダルランナーの靴を手掛けた「職人」を引き抜いた

 

これまで国内トップランナーとほとんど契約していなかったNBだが、元日に行われた全日本実業団駅伝(ニューイヤー駅伝)でもNBのシューズを履く選手が急増。連覇を果たした旭化成市田兄弟(孝、宏)、マラソンで2時間7分39秒の自己ベストを持つ今井正人トヨタ自動車九州)、青山学院大学時代に「山の神」と呼ばれた神野大地(コニカミノルタ)らがNBで疾走した。

今、名前をあげたすべての選手は昨年まで主にアディダスを履いていたが、三村さんについていくかたちで、シューズメーカーを変更している。NBにとって三村さんの参画は「技術力」を獲得しただけでなく、トップ選手による「PR力」の面でも大きくプラスに作用したことになる。

1月中旬に行われた『ニューバランス 新戦略発表会』では、「選手とともに世界と対峙していくという目標にチャレンジしていきたい。やりたいことができる場所です」と三村さんは新たな挑戦に目を輝かせていた。

瀬古利彦高橋尚子野口みずきら世界のトップに君臨したランナーたちのシューズを手掛けてきただけに、NBの製品を「まだまだ改良の余地は多い」と断言。新シューズの開発については、「特にフィティングとクッション性ですね。疲れにくく、故障しにくいようなシューズを作っていきたい」と意気込んだ。

 

▼ナイキの「ヴェイパーフライ4%」に、三村氏は「反対」

 

一方で、今年の箱根駅伝ではナイキも大躍進している。

出場選手の内訳では、アシックスを抜いて、トップを奪取。世界のマラソン界を席巻している厚底シューズ、「ヴェイパーフライ4%」を履いた選手が40名近くもいたのだ。そこで三村さんに、ヴェイパーフライ4%についての印象を聞くと、「ハッキリ言って厚底には反対ですね」と口にした。

「ナイキさんが研究されたシューズやから、ええと思いますよ。ただ10人いたら10人とも『いい』というわけではないと思います。一番懸念しているのはクッション性がそんなにあって走れるのかということです。(走る者にとって)感覚的にはクッションがあったほうがいいんですけど、足の力が路面に伝わりにくい。クッションがありすぎるとそれだけ力がかかりますから、早く疲れるんです。個人的には爪先にクッションがあるような発想はしたくないですね。足首を痛める恐れがあるからです。でも、足首が固い選手はクッション性があった方が走りやすいので、そういう選手はいいと思いますけど、10人に1~2人ぐらいじゃないでしょうか」

三村さんは「厚すぎてもダメだし、薄すぎてもダメ」という。

「瀬古、宗兄弟(茂、猛)、中山(竹通)、谷口(浩美)らのシューズも作ってきましたけど、あの当時と比べたら、いま私が作っているシューズは1~2mm厚いです。(昨今の選手の)筋力不足という理由もあるでしょう。でも、クッション性があったら速く走れるかというと、そういうわけではないと思いますよ。自分の足の力が路面にどれぐらい伝わっているのか。それが大切になってくる。だから、厚すぎてもダメだし、薄すぎてもダメ。その選手の足の形態、アライメントに合ったシューズを履くことが重要になってきます」

 

「NB」は世界の主要マラソン大会の公式スポンサーに

 

別注シューズを作るとき、三村さんはまず選手たちの「足」を測定するという。足の大きさ、力のかかり方などから、どんなシューズがフィットするのかを予測。独自の感覚が、選手たちに信頼されている。足の測定は一度だけでなく、定期的に行うことで、選手たちの“状態”を見抜くことができるというから、まさに職人技だ。

「コンピューターが発達しても、デザインや素材で、同サイズのシューズでも大きさは微妙に変わってきます。そこら辺をどう調整していくのか。私の場合はトップ選手を主体にやりますけど、市販向けのシューズでもフィティングなどでうまく対応していきたいと思っています」

三村さんが長年、培ってきた別注シューズでのノウハウを、市販品にどう生かすのか。三村案が反映された新シューズは、来冬に登場予定。国内だけでなく、グローバル展開されることになる。NBは、2016年から「ニューヨークシティマラソン」、2018年からは「ロンドンマラソン」のオフィシャルスポンサーを務めるなど、世界のメジャーレースでブランドPRに力を注いできた。国内に目を向けると、「名古屋ウィメンズマラソン」のシルバースポンサーの座をナイキから奪った。

 

▼ナイキ帝国をNBは切り崩せるのか

 

一方のナイキは大迫傑(ナイキ・オレゴンプロジェクト)、設楽悠太(ホンダ)という日本のトップランナーから、ネクストエイジともいうべき關颯人、鬼塚翔太(ともに東海大)らとも契約。シューズやウエアの提供だけでなく、金銭的にもサポートしている。

ナイキが提供するシューズは、基本的に市販されているものと同じで、足型もとっていない。「トップ選手と同じシューズ」というのは、セールスの売りになるだろう。そして、2月22日には新感覚クッションを搭載した「エピック リアクト フライニット」というモデルを発売する。

ナイキとNB。両ブランドの争いは、「工業製品vs職人技」の戦いといえるかもしれない。

2月25日の「東京マラソン」ではナイキのシューズを履いた設楽悠太が2時間6分11秒の日本記録を樹立した。NB勢の成績は奮わなかったが、出場していない今井正人トヨタ自動車九州)ら“NBランナー”も黙っていないだろう。